広島高等裁判所岡山支部 事件番号不詳〔1〕 判決
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
控訴人において、金二万円の担保を供するときは本件仮執行を免かれることができる。
事実
控訴代理人は原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並びに担保を条件として仮執行を免かれることができる旨の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
(立証省略)
理由
被控訴人が昭和二一年五月二三日控訴人と事実上の婚姻をして控訴人方に同棲したこと、右同棲二ケ月位して被控訴人が罹病し通院の身となつたこと、被控訴人が同年一一月末頃その病気治療のため実家に帰り、以来当事者が別居していることは、いずれも当事者間に争いがない。しかして、原審証人池本清作、山本志信、定久登、後藤杜鵑花(一部)、当審証人国塩豊武(一部)の各証言、原審竝びに当審における被控訴本人及び控訴本人(一部)の訊問の結果によれば、控訴人は被控訴人と結婚する以前から性病を持つていたこと、被控訴人の前記病気は控訴人の右性病が感染したものであること、被控訴人が控訴人の性病に感染したのを知つたのは昭和二一年九月頃であつたこと、被控訴人は同年八月頃から病名不知のまま医療を受けていたが、その病気が控訴人から感染した性病であることを知つた後も医療を継続していたのは勿論、控訴人にも治病をすすめ、その頃ともども通院したこと、ところが同年一一月頃になると控訴人は通院を怠るようになつたばかりか、被控訴人の病気のなが引くことに不気嫌で、且つ被控訴人に対し自分の性病のことが気に入らねば帰つて行けというが如き態度も示したこと、被控訴人が同年一一月末頃実家に帰つて行つたのは、表面控訴人やその両親等と相談の上被控訴人の病気治療のためであつたが、控訴人との結婚が初婚であつて当時僅か十九歳であつた被控訴人にとり新婚早々新夫の控訴人から性病を感染させられたことによつて受けた精神的打撃が余程大であつたことは窺うに余りあるのに、控訴人の被控訴人に対する態度は前叙のように極めて冷淡で愛情に欠けており、且つ被控訴人の病状も思はしくなかつたため、被控訴人が精神上肉体上の苦痛に堪へかね一時実家に帰り医療に専念することにしたのがその実情であつたこと、その後翌二二年五月頃以降一、二回位媒酌人であつた池本清作その他の者を介して被控訴人に対し速かに控訴人家に帰つてくるよう申入れたが、その頃も控訴人の性病は全治していない様子なので、被控訴人は当事者双方将来の家庭生活の幸福を想い控訴人の性病が全治するまで帰家の猶予を求め、控訴人の右申入れに即応しないでいるうち、同年八月一〇日頃控訴人が被控訴人の実家に赴き更に被控訴人の帰来を求めたのに対し被控訴人の実兄定久登が右様の趣旨で控訴人の申入に即応し難い旨の応答を繰返したところ、控訴人は勤めのある体では病気も治せないなど自己の性病治療に不誠意を表白するばかりか、二、三日内に帰つて来なければ被控訴人は要らない旨放言し、爾来物分れになつていること、控訴人の性病は右八月一〇日頃未だ全治に至つていなかつたこと、及び被控訴人は今なお通院して性病の治療を受けていることが認められる。右認定に反する原審証人後藤杜鵑花、当審証人国塩豊武の各証言部分及び原審並びに当審における控訴本人の供述は措信し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠がない。しかして、以上認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は正当の事由がなくして本件婚姻予約の履行を不能に陥らしめたものと認めるの外、且つ被控訴人が右履行不能に因つて多大の精神的苦痛を蒙つたことは想見するに難くない。然らば、控訴人は被控訴人に対し右精神的苦痛を慰藉するに足る金員を賠償する義務があると謂はねばならない。そこで、更に慰藉料の数額について考へてみるに、当事者間に争いのない被控訴人は岡山市立女子商業学校卒業後自宅にあつて家事見習をしているうち十九歳で控訴人と事実上の婚姻をしたもので、その婚姻が初婚であつたこと及び控訴人は吉備商業学校卒業後岡山貯金支局に勤めたことがあるが、昭和一八年五月から国鉄職員となつて今日に至り、現在月収手取り三、〇〇〇円位を得ていること、成立に争のない甲第一号証の記載、原審証人定久登の証言、当審における被控訴本人の供述によつて認められる被控訴人は父定久徳太母同福江の二女であるが、昭和一八年一一月二二日前戸主後藤稔の戦死に因りその選定家督相続人となつたもので、現に同戸籍の単独筆頭者であるが、別に財産とてなく異父母方に同居し会社事務員となつて生活していること、原審証人後藤杜鵑花の証言によつて認め得る控訴人の父は家屋敷の外田三反歩余、畑山林各約五畝を所有し、約七反の農耕並びに果樹栽培を営みおること、及び前段認定の本件婚姻予約が履行不可能に陥つた経緯、被控訴人の病気の程度その他本件弁論に顕われた諸般の事情を斟酌し、被控訴人の右精神的苦痛に対する慰藉料は金三万円を以て相当と認める。従つて、控訴人は被控訴人に対し金三万円及びこれに対する記録上本件訴状送達の翌日であることの明白な昭和二二年一〇月一六日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による損害金を支払う義務あるものと謂はなければならない。
よつて、控訴人をして右金員の支払を命じた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条第一九六条に則り主文のとおりに判決する。(昭和二五年六月二三日広島高等裁判所岡山支部第二部)